当事者の地域生活を支える担い手として、看護の領域では、精神科訪問看護の体制整備が進められてきた.近年では,一般の訪問看護ステーションからの訪問件数も増加しており,地域で暮らす精神障害者ならびに家族への支援の担い手としての期待が高まりつつある.
しかし、こうした期待とは裏腹に、訪問看護の質そのものを疑わざるを得ない話も耳にするようになった.精神症状や内服管理といった地域での生活を短時間で確認するだけの訪問看護に成り下がっているという批判である.
この背景には、これまで病院での勤務経験しかなく、利用者中心の支援へ転換しきれないという支援者側の価値観の問題があるだろう.利用者との関係構築の難しさや支援のゴールが明確にならない曖昧さなど、精神科訪問看護師が抱く困難に関するエピソードは枚挙に暇がない.他にも、訪問看護は主治医の指示書にもとづき訪問するため、「薬物療法継続のための援助」を期待されているという側面もある。しかし、問題はこれでだけではない.
1999 年より営利法人の訪問看護事業参入が認められ、ビジネスチャンスとしての企業独立型の精神科訪問看護事業が増加の一途を辿っている.このような精神科訪問看護事業所は、精神科未経験であっても所定の講習を受けるだけで算定要件が取得できるというハードルの低さを武器に、様々なキャッチコピーで人的資源を集め急拡大していった.こうした利益偏重型の事業所には、実践の質を担保するための人材育成の問題をはじめ、離職率の問題など、様々な課題が山積している.
当事者の地域生活を支えるのは、何も精神科訪問看護だけではない.日本には、ACT のように重度の当事者を支えるアウトリーチを主軸とした支援も存在する. ACTで働くことを選択した支援者の多くは、精神科病院での医学モデル偏重型の管理的な実践に限界を感じ、利用者の夢や希望を叶えるべく医療の枠組みを変容させながら支援を展開している者が多い.本来であれば入院を余儀なくされる場合であっても、地域で利用者を支えるための地道な努力と工夫を重ねているのだ.
このように、日本の地域生活支援を取りまく状況は玉石混淆といった様相を呈している. 地域生活支援を、地域生活の維持にとどめる支援と位置付けて満足するのか、それとも、利用者の主体性を育むための支援という目標を掲げながら支援していくのか、地域生活支援に携わる方々との議論を通して考えてみたい.
《目次》【巻頭言】近田真美子/【特集】[座談会]アウトリーチサービスと訪問看護…小瀬古伸幸+増子徳幸+白藤真理+三ツ井直子+伊藤順一郎+近田真美子+東修[論文]安保寛明+金井浩一+宮本晶+福山敦子ほか+添田雅弘ほか【連載・コラム等】[連載コラム]「精神科医をやめてみました 第5回」香山リカ[視点]「能登半島地震 被災した立場からの支援と今思うこと(仮)」宮本満寛[連載コラム]「バンダのバリエーション」〈14〉塚本千秋/世界の果ての鏡〈4〉太田裕一/[リレー連載]姜文江〈8〉[書評]『精神科医療の未来を見据えて』大野美子[紹介]『精神医療改革辞典』吉池穀志/[緊急寄稿]「ファーストナース株式会社の報道から見る精神科訪問看護の収益構造への依存が招く売上拡大の課題」小瀬古伸幸[投稿]「震災後の復興状況と「認知症」雑感」越智裕輝【編集後記】東修
2024年7月20日刊行 ISBN 9784904110386 (税込1,870円)